さばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぶす!!

やっと書く気になった。ARCADE FIREの新作について。前作“NEON BIBLE”から3年強、その間唯一の来日公演も凡ミスで参加できず、ならばいっそのこと新作関係の情報には極力ノータッチでいこうと思い立ち、先行配信なども完全スルー、正式リリースとなってからゆっくり聴いてやろうではないかと腹を括ったはいいが、リリース直前になってまさかの国内盤1週間延期、っと(こちらの勝手な)飢餓感は相当ななか、やっと出会えた桃源郷。断言しよう。2010年のNo.1は“SUBURBS”だ。

『喪服を脱ぎ捨てたARCADE FIRE』

店のポップにふざけて書いた売り文句だが、我ながら要点を捉えたコピーだと思う。だって、思いっきりカジュアルなんだもん。冒頭の表題曲“The Suburbs”のレイドバック感といい、続く“Ready To Start”の神々しい疾走感といい、全8種類用意された輸入盤のジャケット写真といい、どの要素をとっても武装解除が前提にあって直球勝負を貫いている。これまでの彼らといえば、寸止めの美学というかミニマルな展開が徐々に高揚感を煽り後半で一気に爆発というパターンが多く、自然と導入が暗くなりすぎる傾向があった―さも知ったように、ARCADE FIREは暗い、などとのたまっている連中は、彼らの楽曲が持つこうしたトリックに愛されなかった不幸者だ。しかし彼らの楽曲やその表現は実のところ相当ハッピーなベクトルに根ざしているのだと思う。それは例えば1stにあった“Rebellion(Lies)”の終盤で聴けた甘美なストリングスの重奏や、初期EP及び2ndに収録かれていた“No Cars Go”で歌われている「車ではいけないところへ行こう」という思い切りポジティブなメッセージに代表される。つまり彼らは“根アカ”なのだ。その彼らが本作では正面から歌い踊り狂っている。勿論、ノスタルジーや辛み、醒めた現実描写などが要所に盛り込まれてはいるのだが、その先には必ず何らかの形で救済が容易されている。絶望的な自殺願望を思いとどまらせるような慈悲や、郷愁をさそいつつ現実の背中をそっと押すような救済が。観念的で不明瞭になりつつあるが、本作における彼らは喪服に代表されるARCADE FIREというコンセプトを脱ぎ捨てることに照準を合わせたのではないだろうか。そして、そうした意識改革はSIGUR ROSの近作“残響”で見られた変化とかなり近い。

『ARCADE FIREからの開放』

中田ヤスタカの音がカッコイイからPERFUMEが好きだ」これが世に言う狡猾な草食系男子たちの常套手段だ。中田氏の奏でるテクノポップ的なものを純粋に追いかけたらぐうぜん必然的にあの3人娘が付いてきたわけで、彼らはあの3人娘をアイドル視したうえでPERFUMEを聴いているなどとは絶対にいわない。そこにAKB48のファンたちとなんら変わらない性的衝動が蠢いているにもかかわらず、無類のテクノポップ好きを演じるのだ―この指摘に論理的飛躍があると感じるなら、どうしてPERFUMEのシングルCDはなぜDVD付きの方が圧倒的に売れるのだろう。いやいや、ARCADE FIREと全く別次元の例示にみえるかもしれないが実はそんなにかけ離れた話ではない。チャレンジングでリスキーだという側面だけを注視すれば、ARCADE FIREが喪服を脱ぐのと、かの草食系男子どもが「僕はあ〜ちゃん、のっち、かしゆかがたまらなく好きだからPERFUMEを聴いているんだ!!」と宣言するのとはかなり似ているとさえいえる。そして草食系男子はそのカミングアウトによって、(運がよければ!?) 肉食系男子の称号を与えられるかもしれないし、ARCADE FIREはもはやみんなが知るARCADE FIREではいられなくなるかもしれない。そして実際にARCADE FIREは変わった。名盤を残したアーティストへと。彼らが所属するレーベル<マージ>は80年代後半から続く中堅インディ・レーベルだが、ビルボードTOP200以内に輝いたのはARCADE FIREの1stが初めてだという。続く2ndが初登場2位、そして本作は1位。インディ・レーベル所属のアーティストとしては充分すぎる実績である。が、全米1位を獲得したアルバムが即ち名盤というロジックはほとんど意味がない。名盤たるに必要な要素、いや、ほとんどの名盤にあてはまる共通項、それはその作品がアーティストとリスナーの双方にとってなんらかの転機となるということである。では、彼らは自己をどのように変革し、私たちの何を変えてくれるのだろう。

『だからSUBURBS』

先日、新たに公開されたシングル・カット曲“We Used To Wait”のPVはかなり変わっている。散々ニュースとなっているので詳しくは書かないが、バンドのオフィシャル・サイトから飛べるPVへのリンク先へ行くと、生まれ育った場所の住所を入力させられ、言われたとおりにすると楽曲にリンクするかっこうで見覚えのある風景が映し出される。グーグル社が行っているサービス“ストリート・ヴュー”を応用したものらしいが、ほんとに良くできている。そうした具合に次々と映し出される懐かしい映像を前にして我々は、「あのコンビニ潰れたんだぁ〜」とか「こんなに道幅狭かったっけ!?」とか感慨にふけるわけだが、その曲で歌われているメッセージとは「ピュアなものが存続しますように、ピュアなものが耐えてくれますように」なのだ。マチが変わり、それをみてい眺めるヒトも変わる。そんな状況下で叫ばれる「変わってほしくないピュアなもの」とは何なのだろう。あるいはそれと対極に“Suburban War”では「この街は不思議なところで、変えてもいいようにつくられている」と歌うと同時に「髪を切ってしまった君」にはもう会えないとも言っている。「いまでは音楽が僕らをグループ分けする」といった表現も興味深い―むかしは何がグループわけをしていたのか、住んでいる地域だろうか。そして本作のリリックにおいて印象的に、かつ意識的に繰り返されている言葉がある。車(ドライブ、ジャケットにも車が描かれている)、時間(人生)、そして退屈。現代、とくにアメリカの都市計画は車社会をベースとした郊外を想定している。「郊外で車の運転を習った」とは、郊外から脱出する術を身につけたということだろう。なぜ脱出したいのか。退屈だからだ。脱出したいと願いながらも、ズルズルと時間を浪費し、郊外に人生を捧げる。例えばそうして無駄にした時間が戻ってきたとしても、もう一度それを無駄にしてしまうだろう。ラストを飾る“The Suburbs(Continued)”でこう歌われる結末は一見どうしようもない浪費のループに思えるが、その実とても甘美なノスタルジアなのだ。“あの頃の郊外”に戻ることができれば、髪を切る前の君に会えるし、ピュアだと思っていたすべてのモノが変わり果てる前の姿で待っているのだ。それらは変わり行く運命にあると知ってしまったあとでさえ、戻ってみたいと願うのだ。

『で、ARCADE FIREは変わったの!?』

前項で少しヒートアップしてしまったので、肝心の『ARCADE FIREは自己をどのように変革し、私たちの何を変えてくれるのか?』という問いに立ち戻ろう。少しさかのぼるが、彼らはオバマ大統領が就任する前に、その応援キャンペーンと称して2日間の無料ライブを行っている。これは2nd“NEON BIBLE”発売後のことで、その2ndといえば「これ以上アメリカに住みたくない」といったリリックが象徴するように、当時のアメリカそしてそこに住むアメリカ的なモノに対する憎悪を忍ばせた作品である。ブッシュ政権下に漂っていた閉塞感、初の黒人大統領誕生に対する期待感、その両者がかけあわされた結果生まれたオバマ・フィーバーが彼らに無料ライブを選択させたのだと思う―勿論、盲目的にオバマを推したわけではなくそれなりの主義や主張があってのこと。かくして黒人大統領は誕生した。しかし、当初の期待にそった成果はいまだ現れていない。何かが変わると信じてすがったはいいが、事態はそれでどうこうなるレベルではなかったというわけだ。手詰まり。誰も口には出さないが、同時に誰もが感じていることだろう―日本の政権交代も同じような状態である。そしてこの状況を端的に表したのが『車と行き止まり』が描かれる本作のジャケット写真。あるいはこう捉えることもできる。車とは大統領やもしくはそれに近いヒーローのようなもののメタファーであって、行き詰った現状(退屈な郊外)から私達を救い出してくれる救済装置の役割を負っている、と。しかし行き止まりにぶつかり、もはや車は進めない。もう自分の力しかアテにならないぞ!!大統領が誰であれ状況は変わらない。ならば自分たちが変わろう、そして状況を変えていこう。いわば独立宣言。そしてその独立と引き換えに、自分たちのイノセンスを詰め込んだ“SUBURBS”というアルバムを作った。いつか、戦い疲れた自分たちへの癒しとなるように、思い切りレイドバックして柔らかいアルバムを。それは日常に埋もれてしまった幼き記憶の数々を呼び覚ましてくれる記念碑である。そう、彼らの音楽が全部覚えていてくれる。いつ、どこで、だれと、どんな感情を共有していたとしても、音楽が“いま”の自分を覚えていてくれる。このごくごく原始的な真理・法則を改めて実感させてくれた作品が“SUBURBS”だ。大方間違っているのかもしれないが、それでもこのレビューはまったくの見当違いではないはずだ。その根拠として最後に本作中最も性急なニューウェーブを奏でた“Month Of May”にある一節を引用しよう。曰く「2009 2010 あの頃の気持ちをアルバムにしたい」である。

ザ・サバーブス

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